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成績UPの鉄則 2022年5月

空洞化する卒業証書

昨日に引き続き、日経新聞の一面に教育に関する記事が掲載されていました。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60511240T00C22A5MM8000

記事の要約は…

大手機械メーカーのクボタは、若手社員の学力低下を懸念し、
基礎的な問題をテストしたところ正答率がわずか22%だったことから、
新入社員向けに「学び直し教育」を開始。

事実上、全入状態の大学入試はAO入試、推薦入試などによる実質的な入試の軽量化が進み、
進学実績を伸ばしたい高校側がそれを迎合。
高校レベルの実力に満たない大学生が増え、補修授業が増加。
更にそのツケが企業にまわっているのが先のクボタの例。

教育業界に「七五三」という言葉がある。
高校生の7割、中学生の5割、小学生の3割が学校の学習内容に充分についていけていない、という意味。
自分の中学校には、小学内容が不十分な生徒は「ほとんどいない」と言い切る中学校長は、
全体の2.3%しかいないという。

日本には義務教育では留年がなく、高校・大学でもほぼ留年しない「履修主義」が一般的。
一見、「留年はかわいそう」という生徒に優しい制度だが、
実力に満たない学生を社会に放り出し、学校側も教育成果を問われないから都合が良いという側面もある。

付けるべき力を付けないままの卒業証書は空洞化してしまうのではないか。



という内容でした。

進学実績を伸ばしたい高校側と、生徒を確保したい大学側の利害が一致し、
子どもに学びの機会よりも、卒業証書だけを与えてしまっている現状。
本当に深刻だと私は思います。

あまりに平易な定期テストを作成し、子どもたちに点数を取らせて推薦で有名大学に進学する。
もちろん、それが悪とは思いません。
高校の複雑な学習をすることが人生のすべてではありませんし、
その時間を使って、自分の情熱を注げる別の対象があるのであれば問題ないのですから。
ただ、問題なのは、本来必要な人にまで深い学びが提供されなくなっていること。
そしてそのツケが、本人のみならず大学や企業に課せられていること。

クボタのように、人材を育成する余力がある企業であればまだ良いのですが、
その余裕がない企業も沢山あります。
もしそうでない企業に就職してしまったら…

記事に載っていた「七五三」という表現はとてもドキっとしますね。
ただ、私の肌感覚としてもそのくらいという印象です。
今までも何度もお伝えしてきましたが、
小学校のテストでたとえ100点を取っていようが、実力の証明にはなりません。
そしてその子たちが高校生になってからだと、本当に苦労苦労の連続でしょうし、
先のような流れで問題を先送りにしてしまいがちです。

昨日の記事と通じますが、子どもの教育を根本から変えていかなければ、
日本の未来はないのではないかなと思います。
30年前と同じような教育をしていては日本は衰退するしかないのでは?と思いつつも、
自分が小学生、中学生時代と比較して、今の教育は何が変わったんだろう・・とも考えてしまいます。

「自分たちはこうしてきた、それでも何とかなった」は私は過去のモノだと思っています。
昨日も書きましたが、30年前の貯金のおかげです。

20年後の豊かさのために、また貯金を作り始めなければいけない時期に日本は来てるんじゃないの?
その一番の部分が教育であり、改革や資本投入をしていくべきところなんじゃないの?
と私は考えています。


「低学歴国」ニッポン

「低学歴国」ニッポン

とてもショッキングなタイトルですが、実はこれは今日の日経新聞の一面記事です。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD122W50S2A210C2000000/

ウチは紙でとっているのですが、一面のトップにでかでかと書かれていました。


記事の内容を要約すると、

日本は大学教育が普及し、教育水準が高い国である、というニッポン像は幻想で、
先進国の中では「低学歴国」となりつつある。
人口100万人あたりの博士号取得者が欧米、韓国の半分以下。
その原因としては、博士課程を修了した学生に対する社会的な評価の低さ。
学問よりも社会経験を重視する「反知性主義」や過剰な学歴批判。

国際社会の変容によって、成長に必要な人材の資質が変わったにもかかわらず、
その変化に対応する改革を怠っているうちに世界との差は開いてしまった、

というもの。

確かに企業としては、博士課程まで進んだ人を持て余す、修士課程くらいがちょうど良い、
なんていう話を着たことがあります。
博士課程まで進むと企業に就職できなくなり、大学に残って研究をするという選択肢しか残らない、
とまでは言わないですが、だいぶ絞られてしまうのが実情だと思います。

最近、いつも考えていますが、10年後、20年後の日本って本当にどうなってるんでしょう。
今、日本は豊かな国だと思いますが、それはあくまで30年前の貯金があってのこと。

下のグラフを見ていただけると「30年前の貯金」という意味をご理解頂けると思います。





時価総額(=企業の価値)で見ると、
30年前は世界ランキング50社のうち、32社が日本企業だったのに対し、
現在は世界ランキング50社に入るのはトヨタ自動車(36位)のみです。

ちなみに、今の上位はアップル、マイクロソフト、Amazon、アルファベット(Google)などなど、
子どもでも知っている企業が並びます。

さて、日本の産業が今後発達していくためには、何が必要なんでしょう。
やっぱり私は、これからの教育にしっかりと資本投入をしていくべきだと思います。
そして日本の教育事情を私としてはガラッと変えた方が良いと思っています。

日本の教育は「子どもたちの均質化」が求められていて、
はみ出す子たちを受け入れる余裕がないように思います。
数学に関してはものすごい才能を持っている子とか、
3学年4学年くらい飛び級させても良いくらいの学力の子とか。
(もちろん、かなり厳しい試験をクリアするなどの条件は必要でしょうが)

というか、これだけ技術も時代も変わったのだから、オンラインでも何でも使えば、
受け入れる環境は本来充分整っていると思うのですが、どうも変化はありません。

例えば、数学がものすごい得意ならば、算数や数学の授業だけPCルームとかでオンライン受講して、
上の学年の授業を学んでもらったり、
大学の授業に参加させて一緒に研究させたりしてもいいんじゃないかな、と思うのです。

全員が22歳で大学を卒業し、24歳で院を出て…となると、
どうしても就職・結婚などを考えて、やりたいことと生活を天秤にかけてしまいます。
それを中学生や高校生くらいから大学に混じって研究なりをしていければ、
18歳、19歳のときにはまた新しい分野の研究も可能かもしれません。

そしてそのシステムを国がきちんと整備して、企業が求める研究と連携できれば、
革新的なイノベーションもどんどん生まれてくるのでは?
日本の20年後も明るいのでは?
と最近はよく考えるのですが、皆さんどうでしょうか?



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